音は、ほとんどない。
あるのは、水が流れるわずかな気配と、岩に触れる空気の重さ。ここは、静けさが積み重なってできた場所だ。
谷は深く、細い。光はまっすぐには届かず、時間をかけて差し込んでくる。そのわずかな光を受けて、水面が揺れる。
上から見ると、この場所は“流れ”そのものになる。かたちではなく、動きとしての風景。蛇行する線が、そのまま時間の軌跡のように残っている。
削る、という行為は、壊すことではない。ここではそれが、かたちをつくるための時間になっている。
人の手が加わらないからこそ、均一ではない。整っていないからこそ、自然のままでいられる。
この場所は、完成しない。今も少しずつ、削られ続けている。