山の上に、城の跡が残っている。
福岡県嘉麻市。城山と呼ばれる山の頂に残る、益富城跡。
いまそこに、かつての城郭がそのまま残っているわけではない。
けれど、山の上から周囲を眺めると、なぜこの場所に城が築かれたのか、その理由が少しずつ見えてくる。
眼下には嘉麻の町が広がり、その向こうには山々が連なっている。
谷があり、山があり、その間を道が通っている。
地上にいると別々に見えるものが、空から眺めると、一つの地形としてつながっていく。
城をつくる場所は、どこでもよかったわけではない。
人がどこからやって来るのか。
どの道を通れば、この土地へ入ることができるのか。
どこに立てば、遠くまで見渡すことができるのか。
昔の人は、山や谷、道の位置を読みながら、城を築く場所を選んでいた。
それは、景色を楽しむためのものではなかった。
地形を読み違えれば、敵の動きを見落とす。
城が落ちれば、その先には自分たちの命がある。
地形を見る力は、生き残るための力でもあった。
益富城は、戦国時代には秋月氏の拠点となり、その後もこの地域を押さえる城として使われてきた。
現在も山中には、曲輪や堀、石垣など、かつて城だったことを伝える痕跡が残っている。
けれど、空から見て最も印象に残るのは、その遺構だけではない。
城山が、嘉麻の土地の中でどこに位置しているのかということだ。
平地のすぐそばに山が立ち、その頂から周囲の土地を見渡すことができる。
山を一つの高台として見るのではなく、道や谷、集落との関係の中で見る。
そうすると、城がここにつくられたことが、少しだけ自然に思えてくる。
建物はなくなっても、山の高さは残る。
谷も残り、土地の起伏も残っている。
城そのものが失われても、城をここにつくらせた地形は残り続けている。
空から城跡を見るということは、かつての建物を探すことだけではないのかもしれない。
その場所を選んだ人たちが、何を見ていたのかを想像することでもある。
山の上から、嘉麻の土地を見る。
そこには、命を守るために地形を読み続けた人たちの視点が、いまも残っている。