川の中に、煉瓦の橋脚が並んでいる。
福岡県を流れる遠賀川。その流れの中に残る、嘉麻川橋梁のレンガ橋脚。
遠くから見れば、鉄道を支える構造物の一部にすぎない。
けれど、近づいて見ると、その煉瓦の積み方や形には、つくられた時代の痕跡が残っている。
この橋梁がつくられたのは、筑豊の石炭産業が大きく発展していった明治時代。
山から掘り出された石炭を運ぶため、筑豊には鉄道が張り巡らされていった。
嘉麻川橋梁もまた、その流れの中につくられた橋のひとつだ。
いま見ると、特に目を引くのが川の中に立つ煉瓦の橋脚である。
百年以上前につくられた構造物が、川の流れを受けながら、いまもそこに立っている。
空から眺めると、その存在はよりはっきりと見えてくる。
川を横切る鉄橋。その下に等間隔で並ぶ橋脚。そして、その周囲を流れ続ける水。
人がつくった直線的な構造と、川がつくる自然の流れが、一つの風景の中に重なっている。
この橋を行き交ったものも、時代とともに変わってきた。
かつては筑豊で採れた石炭を運び、地域の産業を支えた。
石炭の時代が終わったあとも、橋は役目を失わなかった。
鉄道は残り、橋脚もまた、列車が川を越えるための構造物として使われ続けている。
遺構という言葉を使うと、過去だけに存在するもののように聞こえる。
けれど、この橋脚は過去のものとして保存されているわけではない。
現在の風景の中で、いまも役割を持っている。
川は流れ、草木は季節ごとに姿を変え、その上を列車が通っていく。
その日常の中に、明治時代につくられた煉瓦が残っている。
古いものが、そのまま古いものとして取り残されているのではない。
長い時間を経て、周囲の風景と混ざり合っている。
空から見ていると、歴史というものは、博物館の中だけに残るものではないのだと思う。
川や道、鉄道、田畑の中にも、過去につくられたものが当たり前のように存在している。
嘉麻川橋梁のレンガ橋脚も、そのひとつだ。
川の中に立つ煉瓦を見る。
そこには、筑豊を動かした時代と、現在の暮らしが重なった風景が残っている。